浄土真宗本願寺派( 本山・西本願寺 )埼玉組のブログです。
 
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浄土真宗のお寺では御朱印はありません

 

時々、ご門徒さんでなく初めて参拝された方から、「 御朱印をお願いします 」と御朱印帳を出される事がございます。また、先日もお電話で同様の問い合わせをいただく事がありましたが、誠に恐縮ではございますが、浄土真宗のお寺では御朱印をおこなうお寺は一ケ寺もございません。

 

その理由も含めご説明をさせていただくのですが、その後、お尋ねになられた方の少し残念そうなお顔を見ると、こちらも申し訳がない気持ちになってしまいます。今回は、なぜ浄土真宗のお寺には「 御朱印 」がないのかを、今一度、皆様にも知っていただきたくお伝え致します。

 

御朱印は、一説に江戸時代に盛んになった風習と言われています。その根底には、経文を写してお寺や神社に納める(納経)が、亡き人のための追善供養の一環として行われてきたものであり、その写経を納めた際にいただく受領書が御朱印となったと伝えられています。ここでいう追善供養とは自らが善行を積み重ね、その善行を亡き人や他者に振り向ける行為をいいます。

 

浄土真宗の教えでは、日々、悪業煩悩を積み重ね続ける凡夫である私たちが自分の力でどれほど功徳を積み重ねたとしても、また追善供養を行っても他者や亡き人を救うすべは持ち合わせていませんし、他者どころか自らの力で自らの流転のいのちを救うこともできない、愚かで無力な存在といただきます。

 

しかし、このような流転を繰り返すばかりの救われざる私たちに、すでに阿弥陀如来は「 かならず救う、安心してまかせよ 」と救いの手を差し伸べておられます。浄土真宗は、そのはたらきと誓願を聞かせていただき「 はい、おまかせします 」と信託(乗託)させていただく教えです。

 

ですから追善供養の必要がなく、その行為の一環である御朱印を浄土真宗のお寺が発行することもありません。

 

大切なことは、今を生きとしける私たちが亡き人の仏事(年忌の法事や通夜葬儀)、そして毎月や季節ごとの法座(法要など)のご法縁(ご仏縁)を通して、自らのいのちを聞かせて(聴聞)いただき、自らが往生浄土の念仏の一道を歩ませていただいている事に感謝されることを、亡くなられた先人方は願っておられると受け取らせていただきましょう。

 

どうぞ、お近くの浄土真宗のお寺に御朱印帳でなく、聴聞のお時間をお持ちの上、ご参拝いただければ幸いです。

 

【2020.02.10 Monday 12:54】 author : saitamaso
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